言霊の華 第539号

言霊の華 第五三九号

 

『自分自身を受け容れる』

 

何故こんなにも残忍な殺傷事件が相次ぐのでしょう。それも罪の無い多くの人々を巻き込んで。大量殺人事件に子ども達や老人達が犠牲になった例も沢山あります。自殺者が三万人を下回ってきたと思いきや、他殺事件が反対に増加してきたようです。

あまりにも命が軽くなってしまった背景に何があるのでしょう。自殺願望は何かをきっかけに他殺願望に転変します。自殺も他殺も紙一重のところにあるのです。

自分を大切に出来ない人、自分を愛せない人は、決して他者を大切にしたり、愛したりなどできません。自分を受け容れることのできない人は他者を受け容れることなどできないでしょう。

よく会社の上司や、学校の先生などでストイックでヒステリックな人がいますが、「自分を赦せない」ことで共通しています。自分に厳しくする分、他者にも厳しいのです。失敗に対しても寛容になれません。自己処罰観念が強いから優しくなれないのです。

一層の事「自分は弱い人間だ」と認めてしまい、こんな自分とどう付き合っていくかを考える。即ち弱点を力に換えるのです。

私が尊敬してやまない江戸時代後期に生きた越後の良寛和尚は、自分の弱さをとことん見つめ続けた方でした。そして常に「心の下坐行」をされたのです。禅宗坊主でありながら禅を組まない、経を読まない、説教しない。いつも民たちと寄り添い、人の世の哀歓を共にしたのでした。

夫婦喧嘩や争いのある所にひょこっと現われると、忽(たちま)ちその場が和やかになり、良寛さまが立ち去った後も何日もの間その和やかさが続いたと言いますから、良寛さまの持っている感化力、調和力は相当なものだったのでしょう。

自分を見つめ続け、問い続けた結果、遂に魂の根源領域に達したのだと思われます。

「大悲(だいひ)風の如く」訪れ、爽やかな風が吹き抜けて行ったのです。

良寛さま・・・。それは人々の「悲しみの同伴者」だったのです。弱点を美に変(換)える。だから決して他者を裁かない、責め立てない、傷付けない。包み込んで行く。これぞ究極の「母性救済」者です。

「底光るただの人」に到達した良寛さまでしたが、出家前、出家後の若い時の挫折体験は相当なものだったのです。意氣地なし、臆病者、不器用、自殺したくなるような日々の挫折の中で見えてきたものは「人には咲かせない、私だけの、私なりの美しい花を咲かせよう」でした。それは徹底した自己肯定により始まったのです。  

昨今の悲しい事件の背景にあるものは、この自己処罰観念、被害者意識が大きく働いていると思われます。被害者意識は必ず加害者意識に転変します。自己処罰観念は他者処罰観念に、自虐性は加虐性に転変するのです。

お隣の韓国もまさにこの様相そのもの。被害者意識が昂(こう)じ、加害者になっています。あの攻撃性には呆れるばかりですが、それは日本の自虐(史観)が招いたと言ってもいいでしょう。以前からもっと毅然と向き合い臨むべきだったのです。

人間関係も全く同じなのです。

 

合掌 かむながらありがとうございます  

 

菅家 一比古

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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