言霊の華 第545号を配信しました

 言霊の華 第五四五号

 

『幸運が幸福になるために』

 

宝クジに当たった、一流大学に合格した、一流企業に入れた、結婚できた、子どもが生まれた等々。これは確かに幸運であり悦ばしいことです。

しかし幸運が必ずしも幸福に繋がるとは限りません。寧ろそれが仇になることさえあるのです。その幸運をどのように生かすのか。幸田露伴の言葉に「惜福(せきふく)の工夫」があります。福(幸運)を全部使(遣)い果たさないこと。「腹八分目」とあるように福は七分目程度に抑えておくのが無難です。

イエローハットの創業者である鍵山秀三郎先生は常にそのような生き方をされてきました。例えば欲しいと思うものが高級であり高価な物であれば一ランク下げる。食べ残ししないようにあらかじめ分量を減らす。宴会時間が六時から九時であれば、八時四十五分で全て撤収する。その蓄積こそ自分の目に見えない徳となり、財産になると仰います。

兎に角、使い果たすのが良くないのです。

霊能者と言われる人たちの中には、霊的力を使い過ぎたり過信したりして寿命を縮めた方々が多くいます。それは生命を削る行為に等しいからなのです。私の師匠の故中西旭先生はそれを厳しく戒めておられました。

我々の場合、日々禊をしているため、それが惜福に繋がり霊的泉は枯渇などしません。禊こそ最高の下坐行(げざぎょう)と言われている理由(わけ)は、禊の時は大自然生命に対し身を縮め、身を低くして神々に全託できているから。謙虚な姿こそ神が最も愛されるのです。

禊をすることにより魂の岩戸開きがなされ、霊魂(みたま)が目覚め喜びます。霊魂には万徳(よろずのとく)が備わっており、人生の主役こそ霊魂であって肉体などではありません。

神社参拜したり、禊したり、お山登拜したり、愛他行したりするのは、私の中の神、即ち霊魂がそれをさせているのです。

幸運が訪れたなら、それを霊魂の願いが叶うために活用しなければいけません。幸運が幸福に結びつくためには、幸運というご縁を生かし、人のお役に立ち、自己を成長させねばならないのです。

幸運でなくても、試練の連続であったとしても幸福になることはできます。何度失敗しても何度も挑戦できる。自分の可能性を信じ、自分の価値を認めている人。たとえ達成できなくとも悔いはない。このような人は味わい深い人生を生きており、常に「幸福感」を持っているのです。この人こそ「成幸者」と言えるでしょう。

幸福感は所有物の豊かさや、地位や環境で決まるものではありません。「霊魂を生きている」。どんなに貧しくとも魂の願いに生きようとする人は、たとえ生活上の勝利者でなくとも人生上の勝利者となるでしょう。生活と人生は違います。

イエスも仏陀もマザー・テレサも、良寛和尚も決して生活上の勝利者ではなく、それは人生上の勝利者でした。生活上の勝利者を目指すことも必要です。しかし私の主人公は誰か、人生の主人公は誰なのか、それは魂です。

その願いに生きてこそ、幸福感を味わえる真の成幸者と言えるでしょう。

合掌 かむながらありがとうございます  

 

菅家 一比古

 

 

 

 

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