言霊の華 第547号を配信しました

言霊の華 第五四七号

 

今月より月に一度、菅家廊下翔塾講師・美し国代表特別秘書 堀内明日香が『言霊の華』を担当するよう菅家一比古先生から拝命いただきました。心を込めて務めさせていただきたく存じます。皆様どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

【 硫黄島の戦い ~防人と日本精神~】

9月中旬、最新鋭のC-2輸送機に搭乗し硫黄島鎮魂慰霊へ参りました。硫黄島戦没者の碑では、ご遺族の方々と共に先人のご英霊にお祈りを捧げ、私は『ふるさと』の唄を奉納させて頂きました。

島内は一見、穏やかで、多くの植生も見られました。しかし、島内の至る所に壕やトーチカ、砲台等の遺構が残り想像を絶する壕内の地熱、崖面の砲撃や銃弾の跡は、当時の戦いの激しさを物語っております。

高温な壕の中は戦いで亡くなった英霊の死体の腐敗臭が漂い、熱中症、脱水症、栄養をまともに摂れない極限の状態だったそうです。常に死と隣り合わせの中で、愛する人や祖国のために戦った先人は、言葉で言い表せないほどに偉大であります。

当時と打って変わった現在の恵まれた環境に育った私たち。その過酷な戦場を想像することはできません。

硫黄島は大東亜戦争末期の激戦地。兵力日本軍約2万に対し、米国軍は当初6万人。

その後方には10万の支援部隊を備えていました。戦況等の関係で硫黄島で戦う日本軍には戦闘機や戦艦はなく、最終的に肉弾戦を強いられたのです。

日本軍は島を要塞化した周到で合理的な戦いによって、米国に「5 日で落ちる」と言われた戦いを36日間に及ぶ持久戦とし、日本本土への更なる空襲を遅らせた死力を尽くした戦いだったのです。

昭和20年2月19日から3月26日までの激戦は日本軍約20,000人、米軍約6,800人の戦死者。日本将兵のご遺骨はいまだに1万柱以上が本土にお迎えできていません。

硫黄島は日本軍が眠るお墓そのもの、そして、滑走路の下にも多くのご遺骨が眠っています。

私は最新鋭のC-2輸送機を降りるとき靴を脱ぎ、硫黄島の土を踏みしめ、故郷日本に帰れないご英霊に申し訳なさしかありませんでした。・・・

平成天皇、皇后両陛下が硫黄島をご訪問されたときにも、靴を脱ぎ滑走路を歩かれたのです。

硫黄島では最後に残った四百数十名を率いた栗林忠道中将の突撃の直前、アメリカ軍が降伏を呼びかけた時、日本軍兵士たちはそれを嘲笑ったと言います。

その覚悟と勇氣、誓いと決意、燃えるような祖国愛。・・・

栗林中将からの.電報の最後に書かれた辞世の一首は・・・

『国の為   重きつとめを  果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき』

最後の突撃栗林中将は敵弾をうけつつも尚前進したが、出血多量で手の自由がきかなくなり部下に頭を撃ち抜かせました。全員壮烈きわまりなき戦死をとげたのです。

日本軍は二万一千のうち二万名が戦死

米軍の損害は海兵三個師団七万五千中、二万六千(内死者七千)海軍を含めると二万八千余に達しました。米軍は悪戦苦闘の末ようやく日本軍を下しましたが、予期せぬこの膨大な犠牲に勝利感はほとんどなかったと言います。

硫黄島攻略軍司令官スミス海軍中将は、次のように栗林中将をたたえて止みませんでした。

「わが軍に莫大な損害を与えたのは栗林将軍。戦場で血にまみれ息まさに絶えようとしていた幾多の日本将兵にたずねても、そのことごとくが将軍の卓絶した戦術と熱火のごとき闘魂に心酔していたことを語っていた。まことに立派な将軍であった」

東西を問わず民族人種の壁を超えて、不撓不屈の勇氣と闘魂をもって祖国のために自己を捧げて戦い抜くことは、いかなる国の人々の魂をゆさぶってやまぬものがあります。

米国は第二次大戦中の十人の名将の一人として栗林中将を選んだのです。

また先の大戦の激戦地では氣が狂った兵は米軍が圧倒的に多かったと言います。

 

戦後七十有余年、日本は一度も戦争を体験せずに来れました。とても幸運なことです。

しかし、戦死者が出なくとも現在の日本は自殺者が先進国で一番多いのは何故か。

日本人は内側から崩れていく危機に直面しています。

揺るぎない事実として国や家族や友人を守るために日米双方、私たちと同じ人間が命を懸けて戦い、死んでいったということと、今のこの世界はそれらの歴史と失われた命の上に成り立っているということです。

少なくとも既成事実として平和な日本は、先人達の尊い犠牲の上に存在しています。

もし硫黄島の戦いで日本軍がすぐ降伏していたら、米軍始め連合軍は本土上陸を果たし、多くの国民が犠牲となったことでしょう。私たちのご先祖様が亡くなっていた可能性も大いに考えられます。

我々現代日本人は、「生かされている」ことに気付かなくてはいけないのです。先人達が命を懸けて守った未来を、さらにその次の世代へ、より良い未来としてバトンを繋ぐことが令和を生きる日本人の使命であると痛感しました。

いま何より大切なことは、自国の歴史と伝統に対する自信と誇りの恢復であり、祖国を命がけで守り抜いてきた、ご英霊たちへの感謝の心をとり戻すことだと思います。

 

合掌

菅家廊下翔塾     堀内明日香

 

 

 

 

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