言霊の華 第561号『元旦禊を終えて -荒野で呼ばわる者の声ー』を配信しました

『元旦禊を終えて ―荒野で呼ばわる者の声―』

 

皆さま明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

 

令和2年元日早朝、有志40名近くが伊豆下田の弓ヶ浜で恒例となる「元旦禊」を斎行しました。かれこれ30年になります。

いつも穏やかなはずの弓ヶ浜でしたが、今回は珍しく波が荒く一同まともに頭から大波を被り、中には押し倒されてしまう人も多数いました。

「これは日本の波だ、この波を乗り超えよう!」と私は力いっぱい叫び同志たちを励まし、この度の禊を無事終えました。

 

日本を取り巻く内憂外患。それでも平和ボケし、自己中心に走る現代日本人。

あの波は天が示して下さった警告であったような氣がしてならないのです。今年も厳しい何かが待ち受けているのかも知れません。

 

旧約聖書の中に出てくる話に堕落したイスラエルの人々に、預言者が現われます。

神のメッセージを司(つかさど)り、警告を発します。しかし人々はそれに耳を傾け信じようとしませんでした。

結果、北イスラエル王朝はアッシリアに、南ユダ王朝はバビロニアに滅ぼされてしまいます。

預言者たちの警告、それは「荒野で呼ばわる者の声」と表現されます。

 

過去、阪神淡路大震災の時も、東日本大震災の時も、元旦禊に大波を被った経験をしています。

今年果たして何が起きようとしているのか。氣が引き締まる思いでなりません。

そして今回はお日様がついに現われませんでした。これも珍しいことです。

しかし我々が浜に上がり、天鳥船(あまのとりふね)が終わり、国歌斉唱している時、雲間から何とも美しい光の柱が出現し、

一同感動に包まれたのです。大波を乗り超えた後、希望、祝福という光が射す。天よりのメッセージです。

 

我等、「荒野で呼ばわる者の声」に違いないのです。在野、市井(しせい)の義なる人々による禊そのものは、

我々が為す業(わざ)ではなく、天が為されている業なのです。

一握りの選ばれた人々により世の中を代表して禊をさせていただいているのです。

 

勿論、年毎選ばれる人は変わるでしょう。選ばれた以上、その務めを果たすのがその人の「お役目」と言えます。

そして大切なのは選ばれる体質を常に持ち続ける姿勢です。

 

自らのことよりも世の中のこと、日本のことに常に関心を持ち、祈り続けること。それにより必ず導かれる体質になり、

成功も幸福もこちらから足掻(あが)き掴み取るのではなく、「もたらされる」ようになります。

 

心の周波数をより公的な神の「大御心(おおみこころ)」に近づけることにより、神の分身となり、

神が私の身体を使って創造のための具現化をされるのです。

 

私という存在は宇宙大中心である神の、最高の自己実現体と言えるでしょう。

天(神)は私という存在を積極的に必要としているのです。

私はいつも祈りの中で「神々様、天皇陛下の大御心を地に成就するため、手足となって働けますように」と唱えます。

 

人間成長、企業成長は、いかにより公的な大御心に近づく心の周波数を持てるかにかかっているのです。

言霊の華はまさに「荒野で呼ばわる者の声」の一つでありましょう。

 

この一年、皆さまと共に力強く「日本蘇り」に邁進して参りたいと願っております。

 

合掌 かむながらありがとうございます  

 

菅家 一比古

 

 

 

 

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