言霊の華 第577号『魂に目覚める時代の到来!』を配信しました

『魂に目覚める時代の到来!』

人は裸で生まれ、裸で還(帰)る。どんなに財産や地位、名声、家庭を築こうとも、死ぬ時はその全てを置いて行かざるを得ないのです。唯一あの世に持って行けるのは魂のみ。今生でどのくらい魂のお世話をし、光輝けるものとできたのでしょうか。

人生とは

1. 魂の発見(出会い)
2. 魂の顕現(行為)
3. 魂の成就(願いの全う)

の三段階のプロセスのことです。人生の主役はあくまでも魂です。神道では霊魂(みたま)と言い、霊(み)は直霊(なほひ)のこと。

直霊とは宇宙大中心の天之御中主(あめのみなかぬし)大神に直結しており、魂(たま)は、荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)の四魂からなり、夫々(それぞれ)働きが違います。

魂が人生の主役としたら、心はその脇役です。判り易く言えば、魂は一流の職人、心は一流の道具。それによって肉体は働き、素晴らしい作品が生まれるのです。作品とは人生であり、その人が遺した創造物であり、事蹟でしょう。

人間がこの世に裸で誕生した時、既にこの三点(魂・心・肉体)が神より備えられていたのです。しかし心だけは直ぐには育ちません。職人(魂)が道具(心)を日夜磨き上げ、調(ととの)え上げてこそ、一流の道具に成るのです。

一流の職人は一流の道具の磨き方を知っており、砥石で研ぎ、ハンマーで叩き、水に漬けたり冷やしたりと、道具に負荷を掛けます。そうしないと道具の鋭さや精巧さが出て来ないばかりか、途中で欠けたり壊れたりして、職人の思う作品が生まれません。

このように人間も試練や逆境を通して心が育つのです。勿論、感動や愛、親切によってでもです。しかし逆の場合もあります。それは魂との出会いを果たした結果、心が自ずと育つと云うことです。

禊行生活をし続けている内に嫌いな人がいなくなり、苦労が苦労でなくなる現象が訪れました。苦労「が」なくなるのではありません。苦労「で」なくなるのです。

魂に目覚め魂が顕現した結果そうなりました。揺るぎない自分になり、光明を掴む。そして一切の主人公として立つ。この氣概こそ、今日本人に求められているのではないでしょうか。

決して国家にぶら下がるのではなく、社会や他人に甘えるのではなく、「我こそ国家を支え、社会を支えて行くのだ」と云う氣概です。

今生に生を享けた時、裸で生まれて来た私たちです。宇宙の大いなる者によって生かされ、養われて来たのです。なまじっかの物や金、愛欲、情念に執着したのでは、人生の主人公である魂に背き続けることになり、魂から反逆されることでしょう、

素っ裸になり、ゼロから出発しようと執着と計らいから離れ始めた時、大いなる者の計らいが私を包(くる)んでくれるのです。

この国家的試練、世界的試練を単なる一過性の事件に決して終わらせるのではなく、霊性時代の到来として捉えるべきです。

氣が付くまで、この先何度でも試練は訪れることでしょう。天は世界の仕組みを変えようとされているのです。それがパラダイムシフト。

日本の使命を果たすべき時代が到来していることを、どれだけ多くの日本人が自覚できるか。世界の運命が懸っているのです。

合掌 かむながらありがとうございます

菅家 一比古