2019/3/27 言霊の華 第522号

『一切の主人公たれ! ~ ブレない生き方、迷わない姿 ~』

人生で迷うことは沢山あります。私もありました。

しかし、禊の世界に入ってから、迷うことがあってもブレることはありません。

迷ったら祈る。そして禊をする。その行為は単に神頼みに逃げているのではないのです。

祈る行為も禊する行為も、自らの霊魂(みたま)の存在証明なのです。

「我は霊魂也、霊魂は神也、我即神也。神の分霊魂(わけみたま)は完全、円満、無限也。かむながらありがとうございます」

これは常日頃、菅家廊下のメンバーたちが唱えている言霊です。

迷うことがあってもブレないと言う意味は、常に「中心帰一」があるからです。

迷ったら霊魂(神)に帰る。霊魂に問う。霊魂は全てを知っている。

自分が成すことは神が成すことであり、導かれている自分を強く信じることです。

「神さまの御心(みこころ)に適いますように」その祈りからの出発があった時、どのような試練があっても、この道は神の御心だと信じ乗り越えて行くことができます。

「御心を生きる」者には、迷いもブレも無くなります。没我、無我夢中、全託です。

辛いとか苦しいとか不幸だの幸せだのと認識する暇などありません。

何故、禊の世界や古神道の世界に入ったのか。

若くして予備校を経営したり、三十才で教育創造研究所を創ったり、

「偉人を語る会」「婦人大学」「和乃會」「ルピナスセミナー」「新意識青年講座」等々を開催したり。

更には、株式会社ピュアーライフや一般社団法人「美し国」を立ち上げ、

経営者連盟、なでしこオピニオンの会、菅家廊下翔塾。

そして今日(三月二十七日)から始まる美し国経営者連盟政経塾(代表・長谷川裕一会長)の異業種交流会(プレオープン)まで。

とにもかくにも、やること成すこと全てが自らの意志を超えた、突き上げてくるモノの衝動に因ります。即ち全てが「させられている」と云う実感です。

この場合、実力とか能力とかは問題ではありません。私の技(業)ではなく、私を通して働く神さまの技(業)が成(就)されるのですから。

幸せに成りたいだの、楽して生きたいだの、金持ちに成りたいだのは、どうでもいいこと。

「志を果たす」ためには、他人からどう思われようが、どう言われようが、天命である以上、絶対ブレることなくやり続け、やり遂げることです。

先日、春分の日(三月二十一日)の恒例の年中行事である、お伊勢参りと五十鈴川の禊の後、二十二日から熊野に入り、お山登拜、禊、神社参拜の日々を有志たちと斎行しました。

朝から夕刻まで、禊、祝詞奏上、祈祷、天の鳥船、磐笛奏上、国歌斉唱、堀内明日香さんの奉納歌。その連日の連続性の中にどれだけ多大な稜威(みいづ)を賜わったことでしょう。

あまりにも強い御神霊を浴びたために、中には体調を崩した方も何人かいたほどです。

そのようにして「導かれる体質」ができ上がるのです。そういう者たちにとって、迷っている暇、ブレている暇などありません。

「天地一切の主人公たれ!」

「天(あま)駈けり、国駈けり!」

「偉大なる神の子、分霊魂たちよ!」

これは今回お伊勢の五十鈴川の禊で、八十数名の人々に叫んだ私の言霊です。

合掌 かむながらありがとうございます

菅家 一比古

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